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2026年2月25日水曜日

『イベントホライズ』の向こう側にある答え

 「パパ、ジェインウェイ艦長たちは、ちょっと難しく考えすぎだよ」

 10歳のカミーユは、ソファの上で10歳にしては長い足をぶらぶらさせながら、ポテトチップスを一枚口に放り込んだ。彼はポテトチップスが大好きだ。iPad の画面には『スタートレック ヴォイジャー』第3話、イベントホライゾン(事象の地平線)の渦に飲み込まれそうな宇宙船が映っている。

 「このエピソードの最大のエラーはね、彼らが『自分たちの残像』を敵だと思い込んだこと。でも、これパズルだよ。未来の自分が過去の自分を助けようとして、お互いにエールを送ってるだけなんだ。パパ、これってすごく素敵なことだと思わない?」 

 カミーユが自慢げに見せてきた iPad の画面には、彼がアプリCalculatorで「書き換えた」という、べラナ トレスのデカパトリオン ビームの数理モデルが浮かんでいた。

「パパ、これ見て。僕が導き出したのは、もっとシンプルな『答え』。この分母にある ln(δ⋅S)がポイントなんだ。因果のズレ(δ)を、あえてゼロに近づける。そうすると、この分数の値は無限に大きくなるでしょ? 

  

 10歳児がさらりと言うには驚くべき内容だが、カミーユの表情はどこまでも明るい。彼によれば、このビームは「壁を壊す」ためのものではなく、「未来の自分からのメッセージ」を捕まえるためのアンテナなのだという。

 「パパ、ヴォイジャーは外側からこじ開けようとしたけど、出口は最初から用意されていたんだ、つまり彼らがブラックホールに入る前からね。未来で脱出に成功した自分たちが放ったビーム(ガイド信号)に現在の自分達の時空の軌道を合わせるだけなんだよ。無理やりエネルギーを出すんじゃなくて、宇宙の仕組みそのものを味方につけるんだ。」 

 🤔う〜ん?私は唾の呑み込みながら少しづつ確認していく。

 「質問させて、まず、左辺から W(r, t) は、デカパトリオン ビームの状態なのかな?特定の場所(r)と時間(t)からなる関数を定義しているのね?この r は太字で位置ベクトルだったっけ?」

 「そうだよ、パパ」

 続けて、私が尋ねる。

 「ln(δ⋅S) がこの式のポイントって言っていたけれど、因果律と時空の密度を掛け合わせて、自然対数に組み込んで、次空間を歪ませる爆発的なエネルギーを制御可能な形に抑え込んだ努力の結晶ってところかな?でも、自然対数なんて、学校で未だ習ってないだろ?」

 カミーユは話が通じる相手を見つけたように、目を輝かせている。

 「勿論、YouTubeで知ったんだよ。宇宙の物理法則、特にエネルギーやエントロピーに関わる現象は、多くの場合「線形(足し算・引き算)」ではなく「対数的」に振る舞うんだって。だから自然対数を組み入れたんだ。」

 「パパ、『Dp⋅∇Ψ』Dpはデカパトリオン粒子の密度とベクトルで、波動関数(Ψ)の空間的な変化(勾配)を∇として表した部分を項として表したんだけれど、この空想上の粒子が空間をどう歪ませるか、を強度として表現したんだ。」

 🤔う〜ん?さらに唸りながら...私は質問する。

 「この複素数の指数関数は、波の位相なんかと関係があるの?」

 「そうだよパパ。10歳の僕には、複素指数関数はまだ理解できないのだけれど、この項は最も一般的かつ根本的な『波の表現形式』なんだ。呪文みたいなもので、計算を圧倒的に楽にしてくれるものなんだって。✌」

 😢涙目。ついて行くのに必死ですが、ここは意地でも食いついていきます。

 「つ、つまり、こう言いたいのかな?未来のヴォイジャー(ガイド信号)と現在のボイジャーが同じタイミングでピタリと重なった瞬間、エネルギーが共鳴してブラックホールの壁を突き破ると!そして、この時の ωt が時間の進み具合で、kr が空間の進み具合を表して、デカパトリオン ビームがブラックホールに向けて照射される?

 「その通りだよ、パパ。ブラックホールの重力で伸びきってしまう kr (空間)を予測する必要がある。だから、ここでも量子演算機が必要なんだ。 ωt (時間)を微調整することで、r(ターゲットまでの距離)に到達した瞬間に未来の信号とピタリと重なる( ωt−kr になる)」ようにコントロールするんだよ。」

 「これで、ヴォイジャーは加速なんてしなくていい。ただ『もう出口にいる自分』を信じるだけでいいんだ。……ねえパパ、量子演算機がいれば、7万光年の旅だって、放課後に公園へ行くのと同じくらい簡単なんだよ」カミーユは満足そうに伸びをして、次のエピソードを再生し始めた。

 私はカミーユが見せてくれた数式の美しさに、しばし見惚れていた。量子コンピューティングという圧倒的な演算暴力装置を使えば、確かにスタートレック ヴォイジャーの旅は漂流記ではなく、冒険記となるだろう。時空の隙間を見つけ、その隙間に無限のエネルギーを流し込む。そして、ブラックホールの強力な重力に捕まることなく、外の世界へ滑り出す事ができるのだ。カミーユにも驚かされるが、スタートレック ヴォイジャーの圧倒的な物理設定にもあらためて驚かされた。

 彼が見ている未来は、私たちが想像するよりもずっと明るく、自由な場所に違いない

 「あっ、パパ。ヴォイジャーが使ったデカパトリオン ビームを量子ナノマシンで置き換えると、もっと楽にブラックホールを脱出できるよ。その場合はね、波動関数(Ψ)を量子ナノマシンのクラウドに置き換えて...」


追記:時空のハッキングとブートストラップ・パラドックス

 カミーユがこの数式を「シンプルだ」と断じた真意はおそらく、彼は直感的に理解していたのだ。膨大なエネルギーで力任せに空間をこじ開けるのではなく、時空の論理そのものを「ハッキング」して、因果のルートを書き換えてしまうという鮮やかな手法を。

 ここで浮かび上がるのが、「ブートストラップ・パラドックス(靴紐の矛盾)」という時間の迷宮だこの数式W(r, t) を成立させる「未来からのガイド信号」は、誰が最初に発信したのか? 脱出に成功した未来の自分たちが送ったのか、それともこの数式を見た現在の自分たちが送るのか。情報の起源がループの中に消え、「結果が原因を作る」という因果の逆転が起きている。(逆因果律)

 カミーユという純粋な知性が量子演算機をベースに導き出したのは、単なる脱出路ではない。過去と未来が互いの尾を飲み込むウロボロスのような円環であり、その「ズレ(δ)」をゼロに固定することで無限の出力を引き出す、究極の時空ハッキング・プログラムだったのだ。  そう、まさに量子演算機を駆使する前提で、δ を極限までに固定し続けることで、時空の抵抗 Sを無効化する……それは宇宙のバグを突くようなハッキングだった。